私の人生最大のまちがい(10)
こんにちは😃
今雨が降ってきました。
災害の地域の人のことを思うとせめて雨は降らないでと思います。
僕はそういうことがおきてるんじゃないかなと思うんですけど、この話聞いてどう思います。
僕はこの録音はブログに書けるんじゃないかなと思ってるんです。
僕、このままブログに書いていいと思うんで、やっぱり書くべきだと思うんです。
何でかというと自分のためにね。
聞くだけより文字におこすことが自分自身に対してインプットできますから。
ちょっと怖い話で申し訳ないんですけど、僕は、僕自身がじゃあ毎日怖がって生きてるかというと怖がってないですよ。
恐怖というのも神様が作ったんですよね。
だから、僕は恐怖というのは絶対使わないと人間て自分を不幸にすることを直せないんだと理解してるんですよ。
恐怖というのは正当に使えば僕、子供たちを怖いと思ったことがないです。
でも、いざ子供達と2人になることってよくあるじゃないですか日常的に。
そういう時っていうのは、ものすごく恐怖心を感じますね。
何に恐怖心を感じるかというと、自分が神様と繋がってる状態でずっと子供といれるかどうかということね。
そこに、ものすごい恐怖心を感じます。
子供達に恐怖心を感じてるんじゃなくて自分が神の手を離すんじゃないかっていうこと、龍神様とかを遠ざけてしまうんじゃないか天照大神とか須佐之男とかそういう人たちを遠ざけてしまうんじゃないかっていう自分にものすごい恐怖心があります。
あまりの恐怖に僕は自分に優しくすることで娘達2人以外とはプライベートで人に会わないということに僕はちゃんと逃げました。
とてもじゃないけど無理やと思ったんです。
だから、そうしなさいと言ってるんじゃなくて、あのそれぐらいのことぐらいのことがわかってないと言葉って直せないんですよって、努力とか我慢とかそういうことでは直せないんですよってことです。
意味がわかって初めて優しい人間ということですから。
だって我慢してるって、自分に冷たいじゃないですか。
言葉を我慢してるんですよ。
だから自分に冷たい。
だからできない。
僕は我慢してないです。
意味がわかってるんです。
だから、必死なんです。
我慢なんかで人生なんか乗り切れるわけないと思ってるんですよ。
僕は本当に必死です。
本当に毎日が必死です。
だって今の子供達って、もう本当にもうなんでもラインでも何でもしてしてくるし、一緒にいるときって何でも言うし、あのこれって神様のテストなんだろうと思ってるけど、テストって通るためにあるんじゃなくて落ちるためにあるわけですから、テストっていうのは。
人を選ぶわけですから。
テストって落とすためにあるんだから、やっぱり子供達のライン、顔の表情、行動、言葉全てがテストなんだって思うと、もう僕の場合2人でいっばいいっばいですね。
まあ、僕はずっと生きてきて、プライベートをそういう少人数に絞ってる人っていう人にはあったことはないですよね。
だって、僕だって昔は友達とすごく遊んでたんです。
だけど、何一ついいことおきないから。
わかりますよね。
一緒ですよ。
このことは本当に良かったなあということと、僕んとこ来てる人って正直おきてないっていうんですよね。
このことは、自分の中でいいことがおきたっていうことはわかりますかって、自分の願いが叶いましたかっていうことです。
今日はこの辺で。